体験外記  軽井沢の山荘

                           1962 設計 吉村順三
                         photo by aibo2 2005.7

 今回aibo2から「軽井沢の山荘(1962)」の写真を提供されて、建築雑誌で見る写真の印象とは随分違っているのに驚いた。建築雑誌では見られない新鮮なアングルが盛りだくさんだ。

 まずその自然の緑の美しさに感嘆した。樹木が微細なところまで美しく捕らえられている。何枚も繰り返し見せられるところで、緑の強さが出てきているんだと思う。私が見ている写真の大きさは17インチ画面いっぱいの画像なのだから。これは建築雑誌の写真より大きいし、曲がっていないから見やすい。









































 次に注目したのは、私達が使い慣れている超広角ならではの訴える力だった。
2階を持ち上げるスラブの力強さ。こんなにも張り出しているのか。建築専門誌の写真は出来るだけパースペクティブが強調され「ない」ように大人しく撮るのがセオリーだ。できるだけ離れたところから立面図のように撮るのが常識なのだ。それではこのスラブの張り出しは伝わらなかった。

 だからここでは強く感じるのだ。
1階の面積を小さくして、樹上住宅のように持ち上げられた住居は何をやろうとしているのだろうか?と。

 ここで思いついたのが、前回取り上げたサボワ邸の屋上庭園での抽象的自然と言うことだった。1階という土と接する床を持ち上げることで目指されているのは、何か?

 まずはじめに思いつくのは、1階と2階では掃き出し窓を開け放しておいた場合、砂が入る量は格段に違うだろうと思う。この室内に砂が入るという肌で感じる体感が、抽象的自然という概念を想定する上で、主要な身体性からくる概念設定として意味があると思う。
 また川が近い環境なので湿気対策とか、都市住宅のように鍵一つで出かけられる快適な居住性のようなものか? はたまた1階で開いてしまうと訪問する者から私性が守れないと言うことだろうか。

 そこで吉村自身が言っているところを聞いてみる。
<<ユーティリテイの奥の階段を上ると、この家の主階だ。
雨戸、ガラス戸、網戸は全部戸袋に引き込めるから、室内にいながら戸外にいるような気がするだろう?樹々のほかには何も見えない。この山荘ができて初めて階段を上って見て、ぼくはこの2階がとてもうまくいったと直感した。
 2階に上ってくると、誰でもたいていすぐにその窓辺に近寄っていくようだね。そこから見ると、空中に浮かんでいるように感じられるだろう?>>*1

この「2階の居間から見た樹木の空中の自然のすばらしさ」を。
1階からの土に連続する自然ではなく、今までの日本的庭園感ではなく、2階から見た樹木との空中の関係を喜んでいる。これはまさに抽象的自然へ一歩を踏み出したと言えるのではないか。このことが発見できた。
またこの別荘には屋根に上がる階段があって、そこには露台と呼ばれる6畳ほどのスペースがあるのだ。この板張りの空中スペースもまた、まさに抽象的自然の場と言えるし、もっとも私性の高い場となっている。これも含め全体の在り方として、自然と直接関わるのではなく、自然に囲まれた間接性の場として、抽象的自然が志向されていると言えるのではないか。それは1階にセットされた板張りのテラスもまた、石垣で持ち上げられた高い位置に設定され、土に連続しないように扱われていると思えることにもよる。(この1階テラスは私性をはっきり無くした場として、演台としてある。)




 ここまできたらもう少し問い掛けてみたいのだが、抽象的自然というのは、安藤忠雄の「住吉の長屋(1976)」の中庭に接続していると思うのです。そこで目論まれたのは、内外一体性と言うことで、そこでの自然は、塀に囲まれていること、床がペイブされ土を極力無くしていることとまとめられる。外界からは守られながら自然と一体な住居という、都市の時代における自然との関係仕方であり、外部が守られた内庭なのだから「私性」と言うことがテーマになっていると。

「住吉の長屋」は、廊下が外部空間であったという得意な設定が取り上げられるが、安藤自身が以後もこの居間と塀に囲まれた中庭との関係を繰り返し住宅でやっている。そしてそれに続く何人かの建築家達によっても、この抽象的自然たるペイブされた中庭は繰り返されているのだ。これが内外一体空間を「私性」として獲得したい意志を体現している以外に何があろうか。

 そう「軽井沢の山荘」のところでは、居間からの眺めとして空中の自然が切り取られ、屋根上の露台によって抽象的自然が満喫されている。別荘としてまだサボワ邸ほどの面積規模を持ち得ないことと、日本的な自然観(過酷でない安定した四季感ということ)の空中での関係性でこと足りた段階(時代)を表していたと言うことだった。


 この抽象的自然の日本的展開は戦後の清家清「私の家」から始まっていた。このことは次回に。

                                   20050920   mirutake



         *1 「小さな森の家 軽井沢山荘物語」吉村順三 建築資料研究社 1996発行



参考hp
小さな森の家―軽井沢山荘物語 吉村 順三 (著), さとう つねお

軽井沢の山荘 けんちく激写資料室






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