人と人とが直接見る=見詰められる関係の
新しい社交の場



              交錯する目線



 近代建築が追い求めてきたテーマ=柱・梁・壁(構造)から自由なファサード=カーテンウオール。しかも徹底して透けていて、内部に活動する人々がそのままに見えてしまう。こんな開放的な建築を目指していた。それがここに在る。谷口吉生=葛西臨海公園展望広場。ここに実現した。実現して始めて近代の目指しているものが何であるかが解ってきたように思う。専門的にではなく、一般的な建築体験として、この建築が何を切り開いているのか、解読してみたいと思う。


    体感から
 葛西駅を降りて、メインストリートを歩いてくると真正面にガラスの箱ようなものがあって、空の青さを建物越しに透かして見えてしまっていることが不思議で、自然と引き付けられてしまう。建物内部には展望台とおぼしき場所に人々が集まっている。そこから斜路があって人々が降りてくるのが見えている。その他あちこちに人がいるのがよく見えるのだ。まるで私達が虫篭の中にいる虫になったかのような、何やら人々がうごめいているのが、サッシュ越しに良く良く見えて、異界体験がやってくる。あー自分もあそこに行くのだと言うことが解ってしまう。ここには柱も梁も無い。ただガラスを支えるサッシュだけで囲まれている。それが虫篭を思わせる。それが今までにない建築を体験している感覚を呼び覚ます。
 エントランスに接近するといきなり内部の人と鉢合わせしているような感覚がやってくる。サッシュ枠を境に内と外、顔も「全身」も良く良く見えて、なぜか視線が近く、わくわくしてきてしまう。ここでの内側からの視線と外側からの視線は、互いに相手を意識しており、それは等価な視線が交錯していると言うこと。だから自分もそここに行くのだと、いつのまにか中に入ってしまっている。
 このエントランス廻りが今までと一番違っているところだと思う。それはエントランスホールをめぐってメインアプローチと展望テラスとが内外一体感を持って、人々が溜まる場になっているからだ。今までだと玄関は通過するところなのだ。通過してホールへと至り、そこには安心した視線の行き場が用意されている筈だった。ところがこのエントランスホールではサッシュ枠を間に、相互に佇んで内側を・外側を眺める視線の交錯を生んでおり、内部の者に特権が与えられていない。これは初めてのことではないだろうか。ここに交錯する等価な視線が生まれているのを感ずる。
 またこの展望台は高い場所と言っても3階建くらいの高さしかないから、外部で見上げる人から展望台に立つ人がよく見える。表情がよく見えると言う事だ。例えばあのアベックはさっきからずーとあそこを占領していて、他の人が近づきがたくなっているとか。展望台に立つ人が外の「人々を」眺めており、はたまた展望台に立つ人を外にいる人が眺めていると言う逆転した関係にもなっているとは。それも外側に立つほうが、展望者と相互に意識している体感がハッキリやってくる。このことが展望台に立つ人を外から見るための展望広場だと言いたくなる由縁だ。


    分析
 この建物を見ていると思う。いやこの建物を単に見ていると「なんでもないなー」と、うっかり通り過ぎてしまいそうなんだけど、何かを感じていて、なんなんだろうなーと、見詰めてみると、気がついてくる。キャノピーが無い。風除室が無い。アプローチが段を作って盛上げるでなく、植栽の演出も無く、えらく「そっけなく」できている。アプローチが海側に突き抜けているのも、何気なく突き抜けさせて、海の広がりこそが主題だと言いたげだ。建築とは、より深い内側へとヒエラルキーの高度化へと洗練されてゆくと言うことであった筈だ。それは内側に入るほど守られた(特権)視線となる筈だった。それがこの玄関回りでは意志して打ち破られているとおもう。
 このような事は建物全体についても表われている。従来建築の強烈な主張である柱・梁を消して、この建物って本当になんでもなく立っているなー。だけどこのなんでもなさは建築家の明らかな意思なんだ。そうしてこのことは建築自体をなんでもないもの=形の主張のあからさまでないものへ、シンプルささえ通り越し「そっけない立面」と言うところまでやってしまおうとしているということ。それは建物内部にうごめく人々の方が良く見えてしまうところに表われているのではないだろうか。
 また建物のほぼ全体の在り方が建物の前に立つことだけで明かされてしまう。今迄なら平面で解釈していた建物の全貌が、立面で表されてしまっているとは。とても不思議な新しい体験に思えた。これは内部の床面が連続して透けているからだ。そして現場に立つからこそ、建物の内部に見える人々のそれぞれの位置=斜路であったり、展望スペースであったり、階段であったりと、人々を頼りにより明確に自分も立つ・立った床面の構成(全貌)が実感されてしまうんだと思う。今までの壁の建築だとかなり歩き回って、上から見たり下から見たりと言う多様な視点から、最後に全体を思い描くことで全貌が明かされていたと思う。
 ここには商業主義もなく、ぶらりと何となく過ごせる公のシャレタ場所と言うのがいい。見たり見られたり、登ったり降りたり、どこから来て何処へ行くのか、全部見通せてしまえると言うのが楽しい。解りやすい。遊具のような感じさえもする。そうこの「建築」は誰にでも解ることをテーマに追っているように思う。この解りやすさは、この建築家の資質ゆえだからできるのだと思う。そう、このお隣の水族園でも随所に「あーこうなっていたのか」という体験してくることで明かされてゆくしくみが、この建築の建築家の解り易さだ。だからこの葛西全体としての谷口ランドは、近代建築が誰でも解るような在り方で展開されているんだと。


    結論
 近代建築の目標を、一般の人との接点のところを一言で言ってしまえば、誰もが多様な建築の視点を体験できる場の設定のことだと思う。そしてこの多様な視点は、世界を対象化する視線を建築家が与えると言う、特権の獲得が目指されていたと言うことでもあった。ここには大衆は知識人の啓蒙によって知識になるのだと言う迷妄が在る。なぜ迷妄か。知識人とは共同性から知識の係りとして選ばれた専門(特権)の仕事なのあり、だからこそ普通の人の知らない事を知っているにすぎない。こういう専門(特権)の知識が、大衆にとっては無意味なのだ。大衆とは係り(専門)ではない者なのだから、係りでない者が解りたいと思うこと=普通の生活の内に自らが身につまされること無しには、解ろうとするはずも無い。そう普通の人が普通の人のままで、自らの切迫感を切り開いてゆく視点は、求められ続けているのだ。
 そしてこのことの建築としての解答が、内部に特権が与えられていない=等価な視線と言うことではないか。ここ展望広場での体験は、視線が一方的なものではなく、相互対象性(対他)として特権を失っていることだ。見ている者は見られているのだと言う「目線」の関係となった。それは見る(展望)と言うことが世界を一方的に対象化することだと言う啓蒙が無化されたことを意味しないか。そしてこれは建築家と大衆とが、建築を通して初めて交感しえている接点が視えているのだ、と思えてしかたがない。
 またこの事は言い方を変えるなら、建築家自身が今迄のような自己主張を無化して行こうとすることだ思える。それはガラスの箱に示された「そっけなさ」こそが、ここに集う人をガラスの箱にくっきりと写し、建築鑑賞の大きな要素にしてしまっているからだ。それはガラスの箱を鑑賞しているのか、そこに集う人を鑑賞しているのか、建築の係りをやってきた私が、人の絵柄の写り具あいに見入ってしまうし、ムービーだったらこの人の歩いている感じがどう映るのだろうと、やっぱり人の建築への映りぐあいを想像してしまうのだ。それにしてもこのそっけなさは誰にでもできるようで、なかなかできることではない。なぜなら、巷の無策の建築になってしまうのだから。この無策は強烈な意志なくしてはできない。近代の限りで前衛でありうる道が、近代建築の匿名性を生きることだとは。この事は近代様式が終わったと言う意識の蔓延と言うことをも意味しており、やっと高尚な建築観(啓蒙)から離れて、建築の楽しみに離陸し始めたことを意味しているように思えて仕方がない。また建築家が雑音(政治や社会思潮や)から離れて、建築自体を自己意識の内部で展開発展し得ること、そして自己主張を消去し得る自己意識と言う到達をさえ思わせる。そうこれが「建築の思想」としての現在の到達なのだと。


 ところで今迄の建築ではなかなか「交錯する目線」の場はできなかったし、避けねばならぬことであった。効率良い運営や、落ち着きのある場、と言う事から避けられていた。ガラスが使ってあっても、すーっと通り過ぎるような計画になっているはずだ。光は入ってくるが、「交錯する目線」の場にはなっていない。ところがここ展望広場では、展望コーナーと外部では明らかにそうなっているし、エントランスホール廻りでは展望と言う事とは別にも、動線がすれすれに交差しており、視線の交錯する計画になっている。
 今「交錯する目線」が建築に初めて登場したのだとしたら、このことは一般の人と建築との先端の接点のことでもあり、社会の中にこれに対応する関係意識が起ってきていることを伝えているのだと思う。それはこの建築が前衛だとしたら、この社会の意識もまた前衛(萌芽)の意識だといえよう。いま定かではない高度になった性意識の水準線に向かって、見詰めることを許された都市へ表出された。



 現在と言う、他者が個々に何を抱え込んでいるか不安な時に、建築からの楽しい贈り物がありえた。

                              951210





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